アップルはこうやって時計業界を支配する

アップルの新ジャンル製品、AppleWatchが登場しました。しかし世間では「普通の腕時計のような外観でつまらない」という声も聞きます。しかしこれは全くの誤解です。

一見ありきたりのAppleWatchのデザインは、実は極めて革新的で、しかも非常に合理的です。しかもそれは同時にAppleWatchが時計業界を支配するために着実に計画を進めていることをも意味します。
Apple

AppleWatchのラインナップについて

:http://www.apple.com/jp/watch/gallery/ AppleWatchは様々なラインナップから選ぶことができる。
AppleWatch(アプルウォッチ)について語る前に、まずAppleWatchのラインナップについて見ておきます。 本体ケースの素材によって「AppleWatch」「AppleWatch Sport」「AppleWatch Edition」の三種類に分類されています。

それぞれのタイプの複数のベルトが存在、本体のサイズも2種類あります。 この豊富なラインナップによってユーザーは自分の好みにあったデザインのAppleWatchを選ぶことができるわけです。 一見するとこれまでのアップルに似つかわしくなく、ラインナップが多すぎるように見えます。 しかしよく考えてみると、AppleWatchの本体のデザインは一種類しかありません

AppleWatchのデザインのもつ革新性

:動画「Apple Watch Reveal」より ここに映っているAppleWatchの本体デザインは実はどれも同じです。
AppleWatchのデザインはたった一種類の本体デザインしかありません。しかしこのたった一種類のデザインが、カジュアルウォッチからビジネスウォッチ、高級腕時計まで、ありとあらゆるタイプの腕時計となるのです。

 これがAppleWatchのデザインの本質であり、最大の特徴です。「AppleWatchのデザインは平凡」だと思っている人は考えてみてください。 市場のどこを探しても、材質とベルトを変えるだけで全てのユーザーに対応できる腕時計など存在しないと言っても過言ではない筈です。

 PebbleやHuawei Watchなど、既存のスマートウォッチはターゲットとなるユーザー層が限定的です。本物の腕時計においてもそれはほとんど変わらないと思われます。カジュアルウォッチは高級腕時計やビジネスウォッチにはなり得ないというのが、これまでの考え方にも関わらず、AppleWatchにおいてはカジュアルウォッチが高級腕時計にもなるのです(もちろんデザインの上では、という話ですが)。腕時計のデザインとしてこれほどまでに革新的なデザインは他に存在しないといえるでしょう。

AppleWatchのデザインの意味

ではアップルがこのようなデザインを行う理由はなんでしょうか。アップルの経営方針としてラインナップは絞るようにしているから、とも言えますが、具体的に言えば以下のような理由が考えられます。

まず忘れてはならないのは、現状では腕時計を付ける習慣のない人が多く、腕時計型デバイスは携帯電話に比べると潜在的なユーザー数が少ないということです。加えて腕時計の好みは人それぞれで、ユーザーはカジュアルウォッチから高級腕時計まで幅広く散らばっているため、どこかのユーザー層だけをターゲットにした商品では売上を伸ばすことはできません。

スマートウォッチの市場で利益を出すためには、少なくとも腕時計を使うユーザーに幅広く対応しなければならないということです。 そこで複数のデバイスを開発すれば開発費やコストがかさみ、利益率は下がってしまい意味がありません。

そうすると、スマートウォッチ市場で成功するためには、できるだけ少ないコストで、かつ、可能な限り多くの腕時計のデザインに対する需要を満たす製品を開発する必要があるのです。そしてその要求を満たすのが、まさにAppleWatchなのです。 コストの掛かる本体デザインは共通にして、ベルト部分と本体の素材で本体の印象が変わるようにデザインすることで幅広い需要を満たすことができるというわけです。

以上の点でもAppleWatchがスマートウォッチの市場では既に頂点に立っていることが分かります。では、ほかの腕時計市場ではどうでしょうか。

最終的には腕時計業界を支配するか

腕時計市場を支配するのも時間の問題

「Conde Nast International Luxury Conference」というイベントでジョナサン・アイブは雑誌Vogueの編集者スージー・メンケス氏から高級腕時計業界と競うつもりかと尋ねられて以下のように答えたそうです。
「私達は今の腕時計よりもっと良い腕時計をデザインしようと考えたわけではありません。従って既存の腕時計業界と競争しようと考えたこともありません。私達は手首に新しいテクノロジーでイノベーションが起こせるのではないかと思ったのです」
引用:「Apple Watchは高級腕時計のライバルか?」ジョナサン・アイブ氏質問攻め http://approfan.net/apple-watch/「apple-watchは高級腕時計のライバルか?」ジョナサン・/

 しかしこの回答は必ずしも正しいものではないと思います。

みなさんはAppleWatch Sportモデルの42800円という価格を高いと思いますか?

既にAppleWatchを買うつもりの人、買った人にとっては、それほど高くないというイメージなのではないでしょうか。それはAppleWatchが腕時計その物ではなく、デジタルデバイスであるがゆえに、iPhoneやiPadレベルの値段でも違和感がないからだと思われます。

しかしこの発想が問題なのです。腕時計に強いこだわりを持たない人にとって、腕時計に数万円を払いたい人は少ないはずです。それがAppleWatchとなれば普通のことだと思ってしまうのです。本来なら価格競争で一般的な腕時計に負けるはずのAppleWatchが、逆に勝っているわけです。

そしてAppleWatchを使い始めれば腕時計もアップルのエコシステムに組み込まれるので、他の腕時計に戻られる心配は少ないはずです。これからもAppleWatchの品質は改善されて行きます。そして徐々に腕時計の市場はAppleWatchに蝕まれていくでしょう。

腕時計市場を支配するのも時間の問題でしょう。

残るは高級腕時計市場だけか

アップルがAppleWatch Editionという100万円台の高級モデルを用意している以上、アップルが高級腕時計の市場に挑戦していることは明らかです。 高級腕時計は豪華さを演出するために複雑な造形が用いられています。この点は極限のシンプルを求めるアップルとは真逆です。

既に市場として完成している高級腕時計の伝統、技術・デザインを選ぶか、AppleWatchの究極のデザインを選ぶかという戦いになりそうです。

これは簡単にどっちが勝つとはいいにくいところです。あるいはAppleWatchには始めから勝ち目がないのかもしれません。ジョナサン・アイブが競争する気はないと言っているのは、こういった事情を認識しているからだと思われます。

高級腕時計市場がAppleWatchによって陥落することがおこれば、トップダウン式に他の腕時計市場でもAppleWatchが優位となって腕時計市場をアップルが支配する事態もありうると思われます。高級腕時計好きが選ぶほどの腕時計と素材以外は同じ腕時計が変えるとなれば、飛びつくユーザーは多いはずです。

タグ・ホイヤーは既にGoogleと手を組んでスマートウォッチ市場に乗り出そうとしていますが、果たしてどちらが勝つのか、非常に楽しみですね。
© 超解析:アップルデザインの秘密